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小学生こそ英語改革者

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小学生こそ英語改革者

 

できれば、「英語を習得したい」。

そう思っていない日本人は、ほぼいません。ですから、当然のように、
親は我が子に「英語を習得させたい」と思う事になります。

良い学校に入れるため、良い仕事に就かせるため、
国際人に育てるため、これからは英語くらいできなけりゃ、
世界から取り残されるから …

色々な立場や解釈があるでしょう。

我が子への愛情と責任で、親は大真面目に考え、悩むものに違いありません。

そもそも、言葉は家庭で自然と習得するものだから、環境さえあればいい。
家の子だって、幼い内から英語にたっぷり浸る機会を与えてやれば、
きっと英語ペラペラになる可能性はある。

さあ、どうしよう?  どんな方法があるだろう? 
いつから始めればいいんだろう?  どこに通わせるのがいいんだろう? …

特にお母さんたちは、本気で悩んでしまうのだと思います。

しかし、このサイトの結論の1つ目は、悩まなくてよい、という事です。
理由は、「悩む程の問題ではない」 からです。

 

 

自分が日本人であるならば、そして、自分は英語が喋れないならば、しかし、
生活に何ら支障なく生きて来られたならば、もう自分自身が証明しています。

英語なぞ、本当は特に必要ないという事ではないでしょうか?…

いや、そうは行かないでしょう。我が子の人生の問題なのだから、こっちは真剣なのよ、
という声が聞こえて来そうですが、こらも真剣ですので、論を進めます。

 

【 紗英子・林 論争 】

 

2017年、女優の紗栄子氏が、9歳と7歳の息子を2人を、
英国ロンドン郊外の私立全寮制学校に入学させた事が話題になりました。

親の仕事上の必然ではなく、個人的決断ですから、上流階級の選択です。
又、そのまま英国で育てる意向のようですので、本腰です。

日本で、ご子息たちはインターナショナルスクールに通っていたようですが、
先の選択は、いよいよ、我が子には 「日本人性」 が育たなくても構わない
という事ですから、覚悟ある勇断です。

 

 

英語問題に関して言えば、

言語とは、幼い内から、日々の全生活を通じ、
その社会の文化まるごと経験的に吸収する性質のものなので、
紗栄子氏の選択は間違ってはいません。

しかし、あるTV番組で、紗栄子氏は、予備校講師 林修氏と対面、
実は「英語のできる親程、子どもの早期英語教育に否定的だ」
と指摘されてしまいました。

林氏は、肝心なのは思考力というスペックを上げる事で、それさえ鍛えられて
いるなら、英語くらい、いつからでも直ぐできると言ったのです。

 

更に、「英語を話す」 事自体が目的なのか? 「英語で話す」 事が目的なのか?
後者なら、「何を」という内容こそが重大だと分析して見せました。

番組中、紗栄子氏は 「そうなの!?」 と驚いたような反応をするのみで、
2人は論争したわけではありません。

しかし、林氏の発言は、紗栄子氏の解釈を浮き上がらせるようでもありました。
紗栄子氏の本意は分かりません。しかし、林氏の言うように、何れ人間として
問われるのは、

「価値ある内容」 であって、「英語の上手さ自体」 のはずはない のです。

果たして、親から引き離され、外国で暮らさねばならぬ子どもは幸福なのか?

又、日本語や日本の文化を捨てて優先させる 程 (先の条件下では不可避)、
英語や英国文化とは、そんなに特別に尊い ものなのか? …

 

息子さんたちの今後は分かりません。しかし、成功するものと仮定しましょう。

そこで、日本の子育て世代の親全員が、彼女のような選択をすると想定してみて下さい。

それは、文字通り、日本という文化を絶滅させる道だとお分かりでしょうか?
英語や英語文化崇拝という文化?は、恐ろしい愚かさをも宿しているのです。

 

【自分だけ英語ができない惨めなワタシ】

思えば、学校での授業を経て、受験英語に終わっただけの自分であっても、

海外では、

☑看板やレストランのメニューくらい読める (ロシア語なら読めもせず)。
☑自信は全くないけれど、英語なら、知人と挨拶メール交換くらいはできる。

国民の大半が、そのくらいはできるのが、現在の日本でしょう。
(太平洋戦争直後、大正初期はどうだったか?想像すると変化が分かる)。

そう客観すれば、

学校英語も無力ではなく、
国民皆がそれを批判するのは、
過剰な期待であるのかも知れません。

しかし尚、国民の学校英語批判は、
実社会のダイナミズムが、
学校という観念社会の停滞性を常に凌駕している
現実を実感しているからに外なりません。

つまり、

試験英語は教室の中に自閉するのみで、
社会の実戦力とはなり得ない事を、
誰にも見破られながら、

国(教育制度)は、

解決力を示せた事がないという現実を
国民自身が知っているのです。

世界中の誰もが英語を話すと思い込むのは誤解ながら、
ヨーロッパを旅して、

自分程、英語のできない人間はいなかった

という現実を体験した日本人も、既に相当いるのが、
現在の日本でしょう。

いや、でも、アジアなら違うだろうと思えば、
機内で出会う韓国人も中国人もベトナム人も、やっぱり英語堪能

自分だけがシドロモドロ。
うわあ、何?この現実!ミジメ~

そんな体験はないですか?

と呼びかければ、日本人5人に1人くらいは、
手が挙がりそうな、それが現代日本なのです。

だから、英語産業が流行る。

「聞き流すだけ!」
「これで、もうペラペラ!」
「ホントは、英語はカンタンだった!」
「学校英語は忘れなさい!」

みんな好きな事を言っています。

言論は自由ですが、まあ、大体、みんな
「無責任な言いっ放し」 。

簡単でないから、国すら迷路なのでしょう。

聞き流せばいいだけなら、
誰でも30か国語くらいマスターできるでしょう。

学校英語を忘れたら、もっと悲惨なゼロ回帰でしょう。

もう少し、マトモな議論をしなければ、何も改善されません。

【 活路?:早くからの英語教育 】

何事も、

幼少期からの環境的日常こそが、

本人の一生の血液になるのでしょう。

親の言語の完全コピーは、学校的学習とは、真逆の方法ながら、
全ての子どもが成し遂げる魔法のような事実です。

母語の異なる夫婦の子は、殆どがバイリンガルとなります。

幼少年期に言語の異なる数か国で暮らし、そこで教育を経る場合は、
マルチリンガルとなる事も頻繁なケースです。

多言語、多文化のコスモポリタンに成長するならば、
それは、実に素晴らしい事です。

ただ、恐らく、それは結果論です。

多言語話者A氏は、

実に柔軟で寛容
人種や民族に偏見が無く
多様な文化に好奇心を持つ、
非常に魅力的な人物だが、

多言語話者B氏は、全くそうではないという事もあり得ます。

それは、

2人の知性や度量、人柄等の差異であり、

外国語を話せるとか、外国で育つ経験をしたとか、

そんな事自体が、人格や仁徳を保証するものではない

は承知しておくべきなのです。

この意味で、
英語を話す事自体を美化するのはナンセンスな話です。

しかし、日本国民全体は、未だ、
この当たり前が見える段階には到達していない気がします。

幼少期の決定性の事実から、早期英語教育の推進者もいます。

しかし、それに飛び付く母親層等が、
本当に賢明な判断をしているのか否かは、大いに疑問です。

百歩譲って、英語学習効果があるのだとしても
その教育?のために、

何らかを犠牲にしたり、
子どもに無理強いする事になる側面は否定できません。

そして、もし

その将来が先のB氏だとするならば、
英語自体には、余り利点はなかったのだ
と考える価値観は、必要なのではないでしょうか?

だから、英語自体を神棚に上げるべきではありません。

人間に必要なのは、

しっかりした母語によって、深く広い思考ができる事であって、

多言語だが浅く狭い場合もあるなら、
英語を話せるような事が、
人間としての能力や魅力を引き上げる保証はない事実

も理解しておかねばならないからです。

失礼ながら、

世のお母さんたちの典型的英語熱は、
この重要事実に理解が及んでいるようには見えません。

先述の林氏の見解も、こういう意味に近かろうと思えます。
ですから、冒頭で述べたように、
子どもの英語学習開始期などは、悩む程の事ではなく、

熟考すべきは、早期英語教育の種に熱を上げる事

の危険や無意味への警戒の方なのです。

児童英会話教室の矛盾

特に低年齢というわけではなく、
小学児童を対象にした英会話教室は、

中学以降の悪しき受験教育に毒される前に、
良い基礎を作ろうとする取り組みとして、

大いに評価に足る存在です。

この種の教室には、
ネイティヴ・スピーカー講師も多く、
母語話者の発音やイントネーション体験ができる強み

を持つ教室もあります。

又、授業の基本は、
理屈に傾くのを排し、

ジェスチャー表現やゲーム学習

を追求したものが多く、

言語学習の本道である点でも、正当だと言っていいものです。

しかし、批評させて頂きます。

良いのだけど、良くない …

というのが、
児童英会話教室だからです。

どこの教室も、キャッチコピーは大体同じで、

『楽しく遊びながら、自然と英語を身に着けて行きます』

なのです。

しかし、我が子を産み、育てて来られたお母さんたちが、
これを信じるならば不思議です。

自分のお子さんが、日本語を話し出すのに何年かかったか?
生後5年でどのくらいだったか?
10年後の今、どれだけになっているか?
いくつ漢字を覚えたか? …

日本語と英語との差異はあれ、言語というものが、

どれ程奥深く、
長年月の生活と共に学習を蓄積しなければならないもの

かくらいは、言語研究者でなくても気付くはずだからです。

ならば、週1回か2回、1時間前後のレッスンに行けば、何年後に、

「自然と身に着く」 のでしょうか? …

仮に、

週2時間 (主流は週1時間程度) 習うとしても、月8時間
つまり、

年間で96時間

そして、これは丸4日間

ならば…

これを3年続けようと、10年続けようと、何日間の言語体験でしょうか?

客観とは、こういう事で、先の宣伝文句は、絶対に実現しない

「誇大広告」

だという事です。

事実、こういう教室に通った結果、
身に着いた子どもさんを1人でもご存じでしょうか?

そんな噂を耳にされた事はあるのでしょうか?

又、

そんなに「身に着く」 素晴らしい教室であるならば、
何故、中学進学時には、ほぼ全生徒が辞めてしまうのでしょうか?

たとえ教室が小学生限定だと言っても、
親も生徒も、絶対に継続したいと、
先生に頼み込む事になるのは、明らかでしょう。

塾に負ける児童英会話・児童英会話教室の考え方や姿勢は
良いものなのですから、
本当は塾に生徒を奪われるべきではありません。

しかし、闘う気はないようです。

「棲み分け」 なのでしょうが、
それならスキマ産業のような考えだという事になり、
増々「身に着けます」 というのは無理のある宣伝です。

普通の日本国民は皆、英語を求めながら、モノにならず撃沈して来ました。

その教育の限界を、
児童期からの、受験教育とは

一線を画す方法で乗り越える挑戦を提示して来たのが、児童英語です。

ならば何故、
学校以上に、コテコテの受験教育である塾に、
簡単に席を譲るのか?

お母さんたちも、中学入学期には子どもを塾に移すなら、
元々、何を期待しての児童英会話やら、ネイティヴ講師やら、発音やらだったのか?…
その一貫性の無さには、疑問を呈したくなるものがあります。

塾って何?

では、

元児童英会話教室生の次の行先でもある塾は、どうなのでしょう?

塾は、主に

進学受験を商品化したビジネスであり、それ故に、
公教育を凌ぐ熱い指導
教授法の工夫等々、

評価に足る部分も少なくありません。

親子共々、
塾こそを真剣な学習の場として期待する傾向は、
何十年も続いており、
それが日本社会にある教育環境の定番だとも言えます。

全国模試を主宰し、
圧倒的な大学入試データを持つのは大手予備校で、

学校自体が、全てこの分析に頼らずには、
生徒進路指導すらできぬ以上、公教育さえ、

予備校産業の軍門にあるのも、日本の中等・初等教育界です。

国の教育制度の根本は、

国民を沢山納税できる労働者に育てるためにあり、
学問を通じ、若者に真実追求に
目覚めてもらいたいからではありません。

親世代は勿論、
子どもたちも、

勉強が経済や人生の損得と結び付く問題

だと感ずいているので、
成績を気にし、受験競争にも向かい続けて来たのです。

だから、そこに塾や予備校の土壌があった。

それは強烈な需要で、
嘗ては国内に巨大なマーケットがありました
(少子化で縮小、競争も鈍化)。

そこで、彼らは 「受験問題の解法」 という商品を追求し、

生徒や親を惹き付けた。
しかし、それも大真面目に言えば、所詮は

「他人が作った問題の解き方」

という行儀の良いお勉強であり、

生徒個々人の全人的な主体的知性の育成

を目指すものなどではないのです。

ここでは英語教育に話を絞ります。

問題は、

英語を 「身に着ける」

という事は、そもそも

塾や予備校的な、お膳立てされた「受験問題の解法」

のような作業なのか?… という事です。

公教育には限界が多い。

だから、塾や予備校のような民間教育がそれを打ち破り
「英語を身に着ける」 商品開発をして来たならば、絶賛に値しました。

しかし、理解すべきは、彼らは現行制度中の

「受験合格推進業者」

なのであって、教育改革者ではないという事です。

つまり、公教育の限界は、そのまま受験産業の限界なのです。

批判されない塾・予備校

たとえ、知識の詰め込み的勉強であっても、

何事も知識は後に力を生むものですから、
単純に受験産業的勉強も批判はできません。

その見極めが難しいところでしょう。

ただ、話を英語に留めますが、

塾ワークの穴埋め問題や教科書の和訳の類を、
カタカナ発音で、学生講師や素人っぽい先生が、
紙の上だけで解く授業を得意気に行う姿は、
千年一日の如しではあります。

それで点数や偏差値が上がった下がったと一喜一憂しても、
それが英語の勉強なのか否か、
それ自体が疑わしいという視点は、
本来、もっと必要なのです。

日本も世界の進展と変化に従いて行かねばならず、

子どもたちの10代の歳月も直ぐに終わります。

これまで通りの、お勉強知識英語を彼らに与えておけば、

未来ある英語になるかどうかは、親の見識も問われてはいます。

【文法用? 会話用?】

例えば、教科書に次の文章があったとします。

What time is the next train to London, please?
The next train to London is due in 7 minutes.
However, I’m afraid it’s been cancelled.
Well, when’s the train after that?
Nomally that would be the 3:20, but as you may know, between the 1st
of November and the 31st th of December, the 3:20 does not run on
Mondays, Wednesdays … . I have to get to the centre of London by 6.

ところで、上は文法用の文章でしょうか?
それとも会話用でしょうか?

これ自体は会話文です。

しかし、会話用でも、文法用の文でもありません。
ただ英文なのです。

一般に根強い誤解は、

「読み書き」と「会話」は別物

だと考えている事です。

先を理解するには、
完了形や助動詞の意味や機能、その他、各語(句)の知識も必要ですが、
それに読み書きや会話の区別等は一切ありません

先とて
文法であり、読み書きであり、発音であり、会話であり、全てです。

それはつまり、何からでも学べ、
教科書とて、万能教材になり得るという事です。

だから、

「学校の勉強」と「話す事」は別などと考えず、
常に一体だと理解して学習を徹底するのが、
正しい勉強法なのです。

学校は文法、会話は英会話スクールとか、本来そんな問題ではありません。

的を得た勉強をすれば、時間はかかっても、全てが一体化するからです。

【小学生こそ英語ができる 】

冒頭から述べている通りです。

早期英才教育の類に振り回される必要はありませんし、
学習開始時期こそが、決定打になる程でもありません。

又、日本人の子どもなら、
日本人として立派になってもらわないと国家的損失を生みます。

そのためには、

日本語をしっかりさせる必要があり、それによって
深い思考のできる人間に育てる事こそが最優先であり、
英語こそ、ではありません。

しかし、

英語は必ず、更に世界言語に発展します。

無論、

世の中に試験という試練が無くなる事もありません。

又、

学習には効率という問題も必ずあります。

これらを総合すると、やはり、

10歳以降くらいからの上手な学習の取り込みが、
英語の効率良い吸収への賢明な選択になるはずなのです。

文科省の小学英語は、現場の先生たちには失礼ながら、
的外れなので無効でしょう。
これが何とかしてくれる事はありません。

中学生になる前の2、3年間に濃密な勉強を仕上げれば、
その後を大きく変えられる可能性は高まります。

そして、そのラインで進学も容易にし、
大学に入る頃には、ちょっと英語が話せるようになっていた、
うわあ、この先が楽しみだ、これからは本格派を目指そう!
と是非なるべきなのです。

そうなれるかも知れない勉強を選択しない理由があるでしょうか?

英語の過大視や過剰な美化は間違いです。
非現実的な学習論にも賛成できません。

ですから、日本の現実の中で、

既存の学校教育を活かしつつ、
子どもたちの英語を確実に育てる方法

を目指すべきです。

冷静に総合的に熟考し、

小学校5年生前後からの開始をお勧め致します。

良い学習選択は、

その後の発展への影響という点で、極めて大きな意義を持つからです。

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講師 笠原より

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